2017年09月15日

物事をするという愛情、しないという愛情

人間は、怒りは言葉にして表に出さないと処理できないそうです。

だからこのブログにはき出すのです。

SNSに毒を撒くのは好きではないので。


相手に何かをする、ということは、

そこに何らかの愛情があるからできることだと思います。

見知らぬ人の手助けをすることも、

そこに博愛があるからできること、の方が多いでしょう。

(見てて不快という気持ちがいっぱいで手助けすると、

態度に出てしまうはずです。

それは何か違うと思いませんか)


逆に、何も手助けをしないことが、愛情だと言える場合がありますが、

ここを親子関係で間違えてしまうのが、過干渉です。

親は子供の成長に対して、様々な手助けをするのは当然です。

けれども、大きくなるにつれて、必要な手助けは減ってきます。

手助けをしない方が子供のためになることもあります。

進学や就職はその典型でしょう。

進学は金銭的な面でまだ手助けやアドバイスが必要かもしれません。

(金銭的に介入しなければならないこと自体が、

社会システム上おかしいことで、先進国の振る舞いとしては恥ずかしいですが)

それでも、何を学びたいのか、どんな職業や人生を送りたいのかは、

その判断が十分できる年齢である以上、最小限の関わりで済ますべきです。

子供の人生は親の人生の再生産ではありません。

当たり前のことかもしれませんが、これができない親がいるのです。

僕の母はもちろん、僕の友人の親にもいます。


「親は自分が亡くなるまで、子供の人生に責任を持つべき」

そんな価値観を持っている人がこの国にはまだまだ多いです。

(昔そのようなアンケート結果を見たことがあります)

本当にその考え方でいいですか?

子供が大人になってから、親と「適度な」関わりを持つ、子供を「見守る」のは

大いに結構です。

けれども、「子供の人生に責任を一生持つ」のは、

それは愛情ではないと思います。

「責任を持つ」と「見守る」は違います。

自分の子供が大事なのは分かります。

分かりますが、子供は一人の独立した人間であって、

自立した子供の人生の責任は親にはありません。

子供にあるのです。


そこを勘違いしたら、いつかしっぺ返しがきますよ。


(まあ、父が態度を変えたのに、母が相変わらず公務員をゴリ押し

してくるのが頭に来てるんです)



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posted by 稲城(イナギ) at 23:12| Comment(0) | 毒親 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月14日

問題をすり替えて子を矯正しようとする親

昼頃、母がポイントカードの入ったカードケースを無くして

大騒ぎしていました。

僕は洗濯物を畳もうとしていたのですが、

10個以上はあるカバンのどこにあるか分からず協力を求められます。

(女性ってそんなにカバンを持つものなのですか…?)

そのどこにもなく、最後にケースを取り出した場所に

問い合わせてもなく。


母は物を無くすとパニックを起こしますが、

パニック寸前になり、とりあえず衣装ケースを開けたらそこにあったのです。

そこに入れた記憶は全くないとのこと。


父もそうですし、

僕も短期記憶が非常に弱いです。

発達障がいの影響もあるかもしれませんが(というかほぼこれが原因でしょう)、

他のことに気をとられるとすぐに前のことを忘れてしまいます。

眼鏡はどこだ、ケータイはどこだ、充電器はどこだ…

でも失くしたとは家族にあまり言いませんし、言えません。

両親は自らの老いを短期記憶の低下の原因と考えていますが、

僕はまだ20代です。

そんな僕が失くし物をしたと言うと、

「じゃあ自分の部屋の掃除をしましょうね」になるのです。

問題をすり替えて、

自分のいいようにコントロールする口実にしているのです。

僕の部屋は散らかってはいますが(これも発達障がいの影響のようです)、

どこに何があるのかはほぼ分かっています。

また、僕は散らかっていないと逆に落ち着かないのです。


以前、母が商売の客にその相談をしたところ、

「片付けられない人は、何らかの才能があるかもしれないから

放っておきなさい」とアドバイスされたと、

母本人から聞いたことがあります。

効果があったのはその後数日間だけでした。

自分にとって都合の悪いことは、頭に残らないようです。


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posted by 稲城(イナギ) at 00:01| Comment(0) | 毒親 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月12日

父の改心か、ホンネか

父はまだ良識のある人でしょうか。


主に僕と母が進路でピリピリしている中、

父が「絶対に外で働いてから独立しなさい」と言って

僕がカチンと来た話を以前しました。

(こちらです→http://chrysaoraxpacifica.seesaa.net/article/452956239.html


それから僕や母の態度を見て考えたのでしょうか、

「将来のことはお前にすべて一任する」と。

これは改心したと言ってよいのでしょうか。

もし、考えた末にその結論に至ったなら、僕は歓迎します。

僕は進路について両親があれこれ口を出すべきものではないと思っているのは、

このブログをずっと見ている人なら分かるでしょうが。


両親は僕の進路について、こぞって公務員を推してきましたが、

父がその進路を勧めた理由がやっと分かりました。

「単純に、潰れないから」

公務員ならそれは一応当たり前のことですが、

「子どもの意見を聞いた上で」の意見ではありませんでした。

その上、言うことを聞かないとキレる母が強力にプッシュしたため、

僕はそれに従わざるを得なかった、それだけのことなのです。


父は「もし就職しない意志が固いなら、母を説得する用意がある」とも言いました。

しかし、僕は父が母を説得し切れるとの期待は抱いていません。

以前、僕が一人暮らしして、父がそこに通うという生活をしようという提案が

父からあり、母と同居人から離れて過ごしたい僕も大賛成したのですが、

父が母に提案したところ、

「あんな『娘』を一人暮らしさせる訳にはいかない、

夜道で襲われたらどうする、アパートの隣の人に目をつけられたらどうする」

とキレられて、話がないことになったことがあるからです。

完全に母の子どもに対する杞憂です。

自分の子どもが信用できないのです。

典型的な毒親像…

父はそこで諦めてしまったのです。


一か八か、賭けてみる価値がない訳ではありません。

ただ、父と二人きりになる時間は多くありませんし、

僕が混乱してうまく伝わらないかもしれません。

手紙の形で、何とか伝えてみるかもしれません。


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posted by 稲城(イナギ) at 23:10| Comment(0) | 毒親 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする