2017年08月03日

生まれる家を間違えたらしい

外に出るとお金を使ってしまうのと、

何のための外出か、

どこに誰と行くのかを母に言わないといけないのが嫌
なので、

(何も言わずに出ると、外出先で確認の電話がかかってきたり、

帰ってから必ず聞かれます)

最近はあまり外出しません。

そもそもあまり用事もないのですが。


かと言って、家にいて安心できるかと言えば違います。

2DKに4人で住んでいます。

プライバシーなんてあったもんじゃありません。

自室は僕が外出している間に、

母親が予告なしに掃除します。

両親以外の同居人は母に近い性格ですが、

家にいる時は必ず居間のテレビをつけています。

自室のドアを閉めていても、テレビで何と言っているのかがはっきり聞こえる音量です。

それだけではなく、母や同居人には、頻繁に仕事の電話がかかってきます。

また、母は夜勤、父と同居人は原則午前だけの仕事なので、

日中は誰かが家にいます。

特に母が起きていると、独立のための勉強はできません。

何をしているか見にくるからです。

起業のための勉強だと言えば怒鳴られるのが目に見えます。


他にも、僕はテレビの音が聞こえるだけで、

勉強に集中できなくなります。

そんな時は音楽をかけています。

それでも、読書は無音状態でないとできません。

聴覚過敏があるので、音で気が散ってしまいます。


特に、日中3時頃から夕食までの時間の使い方にいつも困っています。

母が外出していれば勉強をしていますが、

そうでなければ当たり障りのないことしかできません。

工作をするか、塗り絵をするか、片付けをするか、漫画を読むか(漫画は頭を使わないので)。

昼寝はできません。

元々昼寝をしないので、昼寝をすると

すぐに体調が悪いのではないかと疑われたり、

様子がおかしいと怒鳴られたことがあるからです。

(母は僕がストレスや疲れでちょっと横になっただけで

「寝込んだ」と同居人に電話で言っていました。んな大げさな)

アルバイトは論外。


近くの街の安い自習室、ということも考えましたが、

あろうことか母の勤め先のすぐ近くだったので、

諦めざるを得ませんでした。

母が昼間でも仕事の準備で勤め先に出入りするからです。

お金を払って少し遠くに行かない限り、

どこにいても落ち着きません。


近くの街だと、母の知り合いに見つかることがあります。


もちろん、アスペルガーやFtMのことは父や同居人には言っていません、

いまさら言っても混乱の元なので。

母は「アスペルガーは気のせいだ、完全に治る。

あたしのような、普通のおしゃれで美しい、おしゃべりの得意な女性になる」

と信じて疑わないので諦めました。

自分にとって都合のいい解釈は絶対に疑わないところが嫌いです。

大嫌いです。

いい迷惑。

明らかに生まれてくる家族を間違えました。


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posted by 稲城(イナギ) at 22:23| Comment(0) | 毒親 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月02日

毒親からの脱出手段

何度も言っている通りですが、

僕は今、毒親両親+αと同居中です。

母親の方が毒親レベルが高め(=毒多め)です。

(+αは身バレの恐れがあるので言えません、ごめんなさい)


親が毒親であることに気付いたのは、約一年前です。

なんとなくネットサーフィンをしていて、

たまたま毒親を特集したページを見つけたのがきっかけです。

そこで初めて、自分の人生が親にコントロールされていたことに

気付きました。


やりたいと言った覚えのない習い事やクラブをやらされたり、

大学も母が指定した大学を受験して入学し、

就職先も「公務員がいい。あなたは公務員に向いている。

普通の会社には極力入るな、中小企業は倒産が怖いから厳禁だ」

と大学当初から言って、公務員の予備校に入った時には

大喜びしていました。

父母共に、不安定な職を転々としてきたのは知っています。

だからといって、子どもに安定した職をただ望み、多く口を出すのではなく、

「公務員」という特定の職業を押し付けるのは違うと思います。

それらの洗脳に気付いただけで、まだ幸福なのかもしれません。


しかも、特に母は僕を過大評価しています。

僕は自閉スペクトラムである影響か、公務員に必要な協調性やコミュ力が弱いです。

また、自分の理想の「娘」として、商売相手に見せびらかしたりしています。

「女手一つで育てた一人娘を、GMARCHに入れて、公務員にさせようとしている」

この真実と嘘の混ざった文句で客の同情を引いて、財布の紐を緩めさせています。

僕は母の商売に利用されていた(今もされている)のです。


僕はプロの小説家を志望しています。

他にもやりたいことが山積しています。

公務員をやりながらでは、到底終わらない量です。

自閉スペクトラムの問題はもちろん、FtMのこともあるので、

両親の望むような公務員には、とてもなれそうにありません。

(なっても早いうちに精神か身体を壊すと思います)

じゃあ、どうするか。

そこで、僕はこの本を知りました。(しかも無料ですぐ読めました)

自由な人生を手に入れる教科書

アマゾンの電子書籍ベストセラーランキングで総合1位になった本だそうですが、

この本を知って、実際に読んで、共感が止まりませんでした。

まったく同じ境遇という訳ではありませんが、その考え方に共鳴しました。

「こんな生き方をしたかったんだ、してもいいんだ!」と。

あまりの衝撃に、どうやってこの本を知ったのか、まったく記憶にないほどです。

そして今、僕はこの方について学んでいます。


もし、今、毒親で苦しんでいる人、

特に毒親と同居していて、僕と同じように脱出したいと思っている人、

もちろんそうでない人も、

「このような生き方もある」ということを提案してくれるこの本、

無料で、ダウンロードしてすぐ読める上に、特典で映像もついてくるので、

一読してはいかがでしょうか。

↓こちらからどうぞ
自由な人生を手に入れる教科書
posted by 稲城(イナギ) at 22:53| Comment(0) | 毒親 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月01日

長生きさせることは、本当に幸せなのか

まず、最初に。

ブログタイトルと説明文を変えました。

ブログ村に、「毒親」のジャンルがあったのと、

この先、その手の話題が多くなりそうな気がしたので。


以下本題。

また哲学です。

いや、どうも、母と意見が合わないところがあって。

「子どもは親の長寿を願って当然だ」

「親は子どものために、少しでも長生きした方がよい」

今回は、この点にメスを入れてみたいと思います。


父方の祖父母は、僕が生まれる前に病気で他界しましたが、

母方の祖父母は健在です。

二人とも、もうすぐ90歳になります。

遠方に住んでいるので、祖父母の世話は母の兄の家族に任せています。

体力や交友関係の問題もあって、同居はしていません。

祖母はまだまだ元気ですが、最近祖父が骨折やヘルニアを起こし、

ヘルニアが進行すれば介護が必要になると宣告されました。

これを受けて、祖父は「私はこのまま、穏やかに旅立ちたい。家族に迷惑はかけたくない」

と言って、食事量が減っている(自らの意志で減らしている?)といいます。

対して母は、「たくさん食べさせて、一日でも長生きさせたい。介護が必要になったら、

仕事をやめてでも祖父の元に行って、つきっきりになる」と言っています。

つい数時間前も、「調理が簡単なものならきっと食べてくれる」と言って、

某食品会社の乾燥味噌汁とおかゆ、にゅうめんを通販で大量に購入していました。


そこで疑問。

母の行為が、祖父の幸せになるのか。

僕はならないと思っています。

いつまで生きるかは、本人が決めるべき話ではないでしょうか。

過激なことを言ってしまえば、長生きすることは、

人によっては、必ずしも正しいとは限らないのでは。


安楽死や尊厳死の話を最近は耳にすることも多いですが、

食べる量を減らして、それで穏やかに眠りにつきたいというならば、

それは一つの選択肢として僕はありだと思いますし、

周りも尊重するべきではないでしょうか。


母は「たくさん食べて長生きすることが、絶対に正しいんだ」と

思いこんでいるようですが、

それが相手の望んでいる終末期ではないなら、

押し付けるのはどうかと。

いくら家族愛だ、年長者は大事にするものだと言っても、

昔ならそれで通ったかもしれませんが、

家族の形が多様化した時代に、特に家族愛は押し付けるものではなくなったのです。


母が「食べやすいもの」を無理に食べさせようとして、

祖父が自分の意志で拒絶して、

食べないことに母が(悪い言い方ですが)「勝手に」傷つく。
(もちろん、自分の行為が絶対に正しいと信じているため)

さすがに無理に口に入れて、誤嚥させることはないと思います。
(その知識はあると信じたい。いやないかも…)

母は僕に対して過干渉だと言いましたが、

祖父母に対しても、過干渉気味ではないかと感じています。

子どもが親に対して過干渉なんて、聞いたことがないかもしれませんが、

表に出ないだけで結構ある気がします。

子どもから年老いた親への虐待があるのなら、それに至らない程度の過干渉も

どこで起きていてもおかしくないのではないのでしょうか。


(念のため言っておきますと、

「老人は早く死んだほうがよい」

と言っているのではありません。

「終末期の人に周りはどう接するべきか、対応するべきか」

という話です。

自分で行間を読んで考えない人が多くて、

イチから十まで書かないとすぐ誤解・曲解される時代は嫌ですね…)


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posted by 稲城(イナギ) at 21:25| Comment(0) | 哲学(もどき) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする